2012年1月29日日曜日

「釜石の奇跡」生んだ防災教育を兵庫にフィードバック

防災対策で、様々な課題点が見つかりました。どう対処していくか、先人の知恵・今回の教訓を生かしていきましょう。


未曽有の大災害からも生き抜く力を-。文部科学省の「東日本大震災を受けた防災教育・防災管理等に関する有識者会議」は、教育目標の第1項に「自らの危険を予測し、回避する能力を高める」と掲げた。阪神大震災の大被害を教訓に生まれた防災教育は、東日本大震災に直撃された岩手県釜石市で、小中学生計約3千人が、津波の被害から逃れた「釜石の奇跡」として“結実”した。今度は、その「奇跡」を阪神地域の自治体や学校が“フィードバック”させようとしている。これまで復旧・復興期の助け合いの学びに重点を置いてきた防災教育は大きな転機を迎える。

 東日本大震災より前の防災教育は、阪神大震災から9カ月後にまとめられた提言「兵庫の教育の復興に向けて」(河合隼雄・防災教育検討委員会委員長)を出発点としていた。

 提言では、学校がピーク時31万人の被災者の最大の避難所となったことから、大半が学校施設の防災機能の強化にあてられ、第2項の防災教育も、復旧・復興期の助け合いや心のケアに焦点があたっている。

 一方、東日本大震災を受けて、文科省の有識者会議が昨年9月に示した中間とりまとめでは、防災教育の目標が第1項にかかげられ、その内容も、「自らの命を守り抜くための主体的に行動する態度」を育成する-と自らの命を守ることが強調され、復旧・復興期の助け合いや学校の防災機能の強化は、それに続く形に変わった。

 同様の指摘は、兵庫県の「防災教育副読本作成検討委員会」(委員長、河田恵昭・関西大教授)でも行われており、東日本大震災の教訓から「自ら命を守る」視点が加えられた。

 転換の大きな要因となったのは、やはり岩手県釜石市で、小中学生が日ごろの防災教育・訓練の成果を生かし、約3千人ほぼ全員が津波から避難したことだ。

 文科省の有識者会議の委員を務める兵庫県立舞子高校環境防災科の諏訪清二科長は「釜石の子供たちは自然に関する知識習得のみならず、安全に避難する行動力を日ごろから養うことで、津波から逃れるための自主的な判断力を身につけた」と評価する。

 釜石市の小中学校では、「地震即避難」を目指し、津波避難の3原則「想定を信じるな、状況下で最善を尽くせ、率先避難者たれ」を目標に掲げ、地域の事情に応じて、各校で多彩な取り組みをしてきた。

 隣接している釜石東中学と鵜住居(うのすまい)小学校は、2校合同で訓練を実施。市街地にあり共働きの多い釜石小学校は、地域住民を巻き込んで、声の掛け合い運動を行ってきた。また、沿岸部にある唐丹(とうに)小学校は、学校から自宅までの間の避難マップを各児童が作成した。

 諏訪科長は「被災前に地域で十分な検討と実践を重ねてきたことで、あれだけの異常事態にもかかわらず、子供たちは冷静に主体的に判断できたのではないか」と分析する。

 子供たちの主体的判断力を生み出した要因は何だったのか。諏訪科長は「教員たちが、子供たちの行動力を引き出すために何が必要か、に気づいたことも大きい」と指摘する。

 釜石市は、防災教育より前に、実は、まず教員の意識改革に取り組んだ。同市の教員の3分の2は、津波とは縁のない内陸出身者だったからだ。

 津波に沈み、壊滅的な被害となった市街地で、児童の8割が下校していながら1人も犠牲者を出さなかった釜石小学校の加藤孔子校長も内陸出身者。

 「津波の実態を知ったときの衝撃は大きかった。多くの子供たちに危険が及ぶことは明白で、子供たちをどう守るかで頭がいっぱいになった」と打ち明ける。

 文科省の有識者会議でも、子供たちの主体的な判断力の育成と並び、防災教育における教員の資質向上を課題にあげた。

 諏訪科長は「子供たちに主体的な判断力を身につけさせることは、防災教育のみならず、学校教育の本来的な目標であるはずだ。東日本大震災での出来事は、このことを教育現場に突きつけていると重く受け止めるべきだ」と防災教育の必修化を求めており、文科省の有識者会議でも検討課題となっている。

 ■「市民の防災力」防災教育で高めよ 矢守克也・京都大防災研究所教授

 災害対応では、どう生きのびるか、被災後の復旧・復興期をどう生きるかを考える必要がある。つまり、防災教育のあり方を論ずる場合、「命を守る」教育とともに、社会を構成する人々のつながりを確かめ合い、再生する力をつけることも大切だ。

 阪神大震災に代表される地震災害では、主に復旧・復興期の人々の絆が学びの対象となり、津波災害の大きかった東日本大震災では、限られた時間で避難し生き延びる術を身につけることの重要性が注目を浴びた。

 日本のような災害大国では、さまざまなタイプの災害が起こりうる。次の大災害は、これまでの災害とは違った顔をみせるだろう。こうした災害大国のなかで、被害を最小限に抑えるための「市民の防災力」を教育・啓発によってどう高めるかなのだが、それは、個々の地域の特殊性による。

 したがって、あるパターンに内容を標準化するよりも、さまざまなタイプの防災教育が取捨選択されるべきだろう。また、東日本大震災でも高齢者の死亡率の高さが目立つ。防災教育は主に学校が舞台になるとしても、その成果を地域社会の各層に浸透させる工夫が議論されるべきだろう。

0 件のコメント:

コメントを投稿