2012年2月5日日曜日

学校から灯油大流出!あわや大火災の事態を招いた「管理責任」

給油している段階で気づかないものかね?4千リットルって…どんだけ入るタンクだったんだろ?


兵庫県養父市の市立養父小学校で平成22年春、校舎内に灯油を送る配管が破損し、近くの一級河川に大量に灯油が流出する事故があった。発生から約2年。周辺住民の記憶も薄れる中、兵庫県警は1月6日、同小の校長(59)や学校設置者の市などを消防法違反容疑で書類送検した。広瀬栄市長は「厳粛に受け止め、再発防止に万全を期したい」とコメント。現場には今なお灯油回収用の装置が残り、油膜などの監視作業が続けられるなど事故が残した傷跡はあまりにも大きい。

 ■4千リットルが流出

 山を切り開いた小高い場所に、民家を見下ろすようなかたちで立つ養父小。近くの一級河川・円山川に沿って走る道路を曲がり、道幅の狭い坂を山に向かって登ると校門だ。道路から少し奥まっているため、学校の様子はほんのごく限られた住民にしかうかがい知ることはできない。

 灯油の流出事故は、平成22年のちょうど年度末、3月31日に起きた。

 「水路に油が浮いている」

 市教委などによると、近隣住民から市環境課に連絡が入ったのは午後5時ごろだった。直線距離で200メートルほどの円山川との合流点から水路上流を調査したところ、油膜と油の臭いが確認された。さらに、養父小の側溝に油が流出し、雨水水路を通って円山川にも流れ出ていたことが分かった。

 ほぼ同時刻ごろ、高台の校内では、職員室のストーブが点火しなかったため、依頼を受けて業者が点検作業をしていた。その業者は驚くべき事実を発見した。

 校門横の地下タンクから校内に灯油を圧送する鉄製配管の途中に亀裂が生じ、灯油が敷地内で流出していた。このため、ストーブが作動しなかったのだ。

 養父小ではこの日、午前10時~午後1時半に3回に分けて地下タンクに灯油約4千リットルを給油していた。事故後、タンクには300リットルしか残っておらず、4千リットル近くが地中に浸透し地下水とともに流出したとみられる。

 関係者によると、当時、教職員はストーブが動かないのは「圧送の不具合」が原因で、構造上たまに起こるトラブルとみていたとされる。しかし県警は3千リットルを給油した時点で異常に気付く状況にあり、点検など適切な措置をとらなくてはならなかったのに怠り、さらに千リットルを追加して流出させたと判断、書類送検に踏み切った。

 ■2カ月前「異常なし」

 「(警察との)認識の違いはあるが、学校で流出事故が起きたのは事実。その責任者が私であることに間違いはない」

 校長は、そう言って事故を振り返った。

 亀裂が入ったのは、校舎1階の体育倉庫内部の地表との境目辺りの配管で、日常的に外からは確認しづらい場所だった。油が倉庫下部の隙間から外に漏れ出て、水たまりのように広がっていたため発見できたという。

 この配管は昭和55年の小学校建設時のもので、老朽化による腐食で穴が開いたとされる。ただ事故2カ月前の2月3日には消防法に基づく年1回の地下タンクと配管点検が行われており、その際は「異常なし」の報告だった。

 そうすると、実は点検時には、配管自体がギリギリの状態にあったのではないかと推測される。老朽化による危険性の認識がなければ、点検後も配管へ注意を払うのはなかなか難しいとも感じるが、公的施設が大量に灯油を流出させ、火災の危険性を生じさせた事実はやはり重い。

 「子供たちにとっては安全で安心して楽しく学べる場であり、地域住民にとっては地域コミュニティーの拠点施設である学校で、このような事故を起こし責任を痛感している」

 書類送検を受け、市は夜になって広瀬市長と片芝忠政教育長の連名によるコメントを報道機関に送付。謝罪の言葉と再発防止への決意が綴られていた。

 ■終息宣言いつ?

 「当時は、水路に油が浮いていて臭いがしました。でも周りはほとんどが休耕田ですし、生活への影響はありません」

 大量流出にも、周辺の井戸水や水道水、魚など生物への影響はなく、近くに住む女性は事故に対して特別な思いはないという。一方で、発生から数日間、学校に寝泊まりして24時間態勢で灯油の回収作業にあたった市側は「現在まで周辺に及ぼす被害もなく、対策に一定の効果があったと考えている」としている。

 学校東側にある水路には、校内から流れ出る地下水をポンプでくみ上げ、ろ過するための大型油水分離槽4槽(実容量9・6トン)が、今も設置されている。発生当初から、市教委職員と教職員が分離槽の表層に浮いた油をひしゃくで回収する作業を続け、これまでに2291リットルを回収し、産業廃棄物処理業者で処分した。

 分離槽での油膜の回収は22年12月20日が最後で、その後は油膜はほとんど確認されていない。だが昨秋の台風時などに校内からの地下水で微量の油が見られたこともあり、現在も“終息宣言”は行われておらず、市教委と学校側が毎日交代で、分離槽などの監視作業を続けている。

 近隣に住む別の男性は「住民や環境への大きな被害はなかったかもしれないが、灯油が部屋に回らなかったことを事故の予兆、サインとして、学校側がどのように感じていたかが問題だ。判断が難しい状況だったのかもしれないが、それなら何のための『管理者』なのか、とも思ってしまう」と語った。

 事故後、市では養父小をはじめ、同様の地下タンク式の暖房器具を導入する小中学校6校の配管を取り換えるなどの再発防止策を講じ、操作マニュアルも作成した。

 「教師になった時から危機管理意識は持っていたが、今回の事故により、学校生活全てで教職員の意識がより高まった」

 校長は、事故の教訓を、そう語った。

0 件のコメント:

コメントを投稿